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東京高等裁判所 昭和59年(ラ)421号 決定

抗告人

静岡県

右代表者知事

山本敬三郎

右代理人

御宿和男

相手方

甲野太郎

右相手方を原告、抗告人を被告とする静岡地方裁判所昭和五六年(ワ)第二一七号損害賠償請求事件において、右相手方が抗告人を所持者として申し立てた文書提出命令申立事件につき同裁判所が昭和五九年八月二一日にした文書提出命令に対し右抗告人から即時抗告の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件申立てを却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

一本件抗告申立ての趣旨及び理由は、別紙(一)即時抗告申立書及び同(二)同申立補充書に各記載のとおりである。

二当裁判所の判断は、次のとおりである。

1  記録によれば、本件文書提出命令の申立ては、相手方が原告となり、抗告人を被告として、富士宮警察署長が昭和五五年五月二七日、精神衛生法二四条に基づき、富士宮保健所を経由して静岡県知事に対し、相手方には精神障害のため他人に害を及ぼすおそれがあると認められる旨の通報(以下「本件通報」という。)をしたが、これは同条の要件を欠く違法なものである等を主張して提起した静岡地方裁判所昭和五六年(ワ)第二一七号損害賠償請求事件において、その原告である相手方から抗告人を文書所持者として、「富士宮警察署において、法二四条通報の前提として、原告と面談することも、原告の当時の状態像を調査することもなく、また配布された告発ビラの内容の真否等についての確認調査を一切していない事実」を立証するために、富士宮警察署巡査部長乙山次郎作成の同月二六日付捜査報告書(以下「本件文書」という。)が民事訴訟法三一二条三号前段及び後段に該当するとして、その提出命令を求めたものであることが明らかである。なお、記録によれば、富士宮警察署長の本件通報は文書で行われたところ、当該文書は抗告人において既に<証拠>として提出していることが認められる。

2  そこでまず、本件文書の民事訴訟法三一二条三号前段該当性の有無について検討する。

文書提出命令の制度は、元来文書所持者が原則的に有すべき処分の自由を特に制限し、民事訴訟法三一六条以下の不利益ないし制裁の威嚇のもとに文書を訴訟の場に提出させるものであるから、右三一二条三号前段の「挙証者ノ利益ノ為ニ作成セラレ」た文書の意義を拡張的に解釈し、例えば結果的にその内容が挙証者の利益となるような文書をすべてこれに当たるとするのは、制度の目的にそぐわないというべきであつて、右規定にいう文書とは、挙証者のした給付に対する領収書、挙証者に対する代理委任状あるいは挙証者に関する身分証明書等のように、挙証者の権利、権限あるいは法的地位等を直接証明することを目的として作成されたものをいうと解するのが相当である。

しかるに、記録によれば、本件文書は富士宮警察署の警察官がその職務を遂行する目的で作成されたものに過ぎず、挙証者の権利等を直接証明することを目的として作成されたものではないことが認められるから、同法三一二条三号前段の文書に該当しないことは明らかである。

3  次に、本件文書の民事訴訟法三一二条三号後段該当性の有無について検討する。

文書提出命令の制度の前記のような目的に照し、同号後段の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付作成」された文書とは、契約書、地代家賃通帳等のように挙証者と所持者との間の法律関係について作成されたもの、及び印鑑証明書等のように両者間の法律関係と密接に関連する事項について作成されたものをいうものと解されるが、その具体的範囲をいかに画すべきかは必ずしも明確であるとはいい難い。しかし、内容上挙証者と所持者との法律関係に関係のある文書であつても、それが専ら所持者の自己使用のために作成され、その内容が公表されることを全く予定していないような内部的文書にとどまるものであるときは、右規定にいう文書には該当しないと解するのが相当である。けだし、右のような文書は、その性質上、作成者等の職業上の秘密に関する事項、関係者の個人的秘密に関する事項、あるいは作成者等の個人的意見に関する事項等が記載されることが多く、これが後になつて作成者等の意思に反して公表されることになつた場合には、作成者等が不利益を被り、その自由な活動が不当に阻害される結果を招来するおそれがあることは見易い道理であり、このようなことは到底法の予定するところではないと解されるからである。

記録によれば、本件文書は、手続の適正担保等の見地から法令上特に作成義務が課されているような性質のものではなく、富士宮警察署の警察官が外部に公表することを予定しないで、その職務遂行上の便宜から作成した文書であると認められるから、同号後段にいう文書には該当しないことが明らかである。

三以上の次第で、本件文書提出命令の申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきであるから、これと判断を異にする原決定を取り消したうえ、相手方の本件申立てを却下することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(鈴木重信 加茂紀久男 梶村太市)

別紙<省略>

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